子猫をお願い

息子たちを送り出して、ほっとしてコーヒーを飲んでいると、庭でおふくろが、しっしっと言っているのが聞こえたので、何事かと外に出ると、納屋の軒先に子猫がびゃあびゃあとないているのだった。
ミルクなど絶対与えない、とおふくろは妙にきっぱりと宣言するのだった。もう生き物を飼うのは勘弁だ。なにしろ、まごのめんどうだけで精いっぱいなのだから。
それが三日前のことで、一昨日も昨日も、子猫は姿を見せなかった。おふくろの話では、下の古賀さんのうちの近くで泣き声が聞こえたらしい。
思えば数日前から、白に茶色の斑の猫が納屋の方から庭を横切って去っていくのを、二階の窓から何度も見かけていたのだ。そのたびに、後ろ髪をひかれるような佇まいで、納屋の方を振り返っていたのは、なるほどそういうわけだったのか。
昨日の夜に聞いたおふくろの報告では、その日も親だと思われるその猫が納屋から出てきて、おふくろの顔を見て、一声にゃあと泣いて、逃げていったらしい。


8時頃には用事が済むから、子ども達がハラをすかせているだろうから一足先にいったんうちに帰っていて欲しい、終わったら電話するから迎えに来てとそれだけ言って、おふくろは電話を切った。意外と早く会議が終わり職場をでたのが7時過ぎで、途中コンビニによって息子に頼まれていたマンガ雑誌を買って帰り着くと、ソフトの練習から帰って空腹にたまりかねたのか、テーブルの上に用意してあったチキンライスを既に食べ終わって、風呂上りのパンツとシャツだけの姿で、テレビの前でくつろいでいるのだった。台所に行くと、鍋のシチューは手つかずのまま、だって気づかんやったんやもん。
息子たちのそばに腰を下ろし、そのまま寝転がったまま、いつの間にか寝てしまったらしい。最近、横になると直ぐに眠ってしまうのだが、それは、身体が望んでいることなのだろう。息子たちから電話が鳴っていると起こされたのときはもう9時を回っていて、寝覚めの不機嫌さのまま、おふくろを迎えに行ったその帰りのことだったのだ、母猫から子猫のめんどうをみてね、と頼まれた話を聞いたのは。


うちの前の坂道は狭くて、夜は真っ暗なのだが、もうすぐ家に着くというところで、さっき噂をしていたばかりの当の母猫が、ヘッドライトの明かりの中に現れたのだ。白く小さなかたまりをくわえたまま、坂道を疾走していく。きっとそのまま、うちに入っていくぞ、とおふくろに言い、母猫を追いかけるかたちで下っていくと、案の定、うちの庭へ走り込んで行った。あん子猫は、死んどるとじゃなかとね。はあ?と話しながら、クルマを入れ、納屋の方を伺ったが、物音ひとつしないので、裏の畑にでも駆け込んで行ったか、とそのまま家の中に入ったのだった。


それが昨日の夜までの話で、今朝、長男が一足先に学校に行ったのを見送りがてら、納屋へ入っていくと、びゃあびゃあ、泣き声が聞こえてくる。辺りを見回すが、どこも這いずり回っていない。耳を澄まして探し回ると、なんとフタのしまった段ボールの中で、泣いているのだった。それは、袋詰めしたトートバッグを入れていた段ボール箱で、見ると、子猫の汚物で、トートバッグが汚れてしまっている。これはたまらんと、意を決して子猫の首の後ろをつまみ上げ、納屋の地面に下ろしてやると、いっそう声高くびゃあびゃあと泣く。目やにが固まって、両目が見えないらしい。びゃあびゃあ、かーさんかーさんどこにいるの?お腹が減ったよ、目が見えないよ、と言っているのだろう。


次男が学校に行こうと出てきたので、見るな!情がうつるぞ!と注意するが、すたすたと納屋の中を窺い、うわ、可愛い!と顔をしかめるのだった。